ガーナについてのエッセイを依頼されました

「おばちゃんたちの寺子屋  〜アフリカ・ガーナのナイトスクール〜」  萩原 美保
  

2005年〜2006年にかけて、私は西アフリカのガーナ共和国北部の町ワに住んでいた。そこの周辺にあるポヌ村でNGO活動をしていたのだ。ポヌ村には大人の寺子屋があった。彼らはその学校のことを「ナイトスクール」と呼んでいた。週末を除いて毎晩開校する夜の学校なのだそうだ。30代〜40代の学校に行ったことのない大人たち(ほぼ女性)が読み書きそろばんを勉強している。毎晩3時間も熱心に勉強しているのだそうだ。随分勉強しているのだな、と驚いた。


寺子屋の教師には村の若い青年がボランティアで教えていた。なにしろ村に学校が出来たのはまだまだ最近のことで、学校に行ったことのあるのは若者しかいないからだ。私はおばちゃんたちの寺子屋ナイトスクールを見てみたいと思い、ある晩一人で出かけていった。
  

月が全く無い夜だった。バイクを運転して村に着いたのは良いものの、周りが全く見えない。この人たちはどうしてこんなに暗いところで生活ができるのだろう。
  

この村に電気と水道はない。ガーナではよくあることだ。水が無いのにはだいぶ慣れていた私でも、真っ暗闇には慣れていなかったようだ。目をつぶってもつぶらなくても何も見えない。とりあえず人の声のするほうに歩み寄って行った・・・ヌッと突然手が現れる。アフリカ人は暗闇だと本当に見えない。見えるのは白い目と白い歯だけ。


ガーナには道に迷っている人がいるといつでもどこでも手を引いてその場所まで連れて行ってくれるということがある。この時もヌッと現れた誰かが私の手を引いて、ナイトスクールの場所に連れていってくれた。ガーナ人は本当に親切である。
  

着いた先はランタンの明かりが漏れる民家の一角だった。ほっとするやさしい光。人間が集まっていることが心地よい。そこに並んだベンチに座り、生徒というにはだいぶ年のいっているおばちゃん、おじちゃん達が真剣に勉強していた。先生は小さな黒板に1+1=、2+1=と書いている。一人のおばちゃんが前に出て黒板に答えを書いた。1+1=3。残念・・・間違っている。大人になってから勉強するということは大変なことなのだろうか、そんなことを考えている私の横で他の大人たちがそれは1だ、2だと議論している。1+1=でそんなに盛り上がれるなんて勉強が本当に楽しいだろうな、そんなことを思った。
  

算数の勉強をしている最中、誰かが突然歌い始めた。一人が歌うと他の大人達もすぐに歌い始める。一人が歌い始めてから数秒も経たぬ間に全員が歌っていた。この音楽的な反射神経のすごさはアフリカ人ならではである。たちまち手拍子が入り、足を踏み鳴らし、踊りだす。歌は即興的に合唱になっているし、手拍子のリズムも幾通りも聞こえてくる。なんて楽しいのだろう。私もいつのまにか手拍子に加わっていた。


アフリカではどんなときにも音楽がある、人が集まると音楽がある。そこに私は音楽の持っている本当の魅力を感じずにはいられない。アフリカ音楽のすばらしさをここでも感じることができたことにうれしさがこみあげてきた。
皆が歌っている歌の歌詞について尋ねてみた。


「勉強は楽しいな。勉強は楽しいな。だからたくさん勉強しよう。勉強は楽しいな。」
  

こんなことを歌っているのだそうだ。勉強が飽きてきたから眠気覚ましに歌ったのかもしれない。でも私には「勉強が楽しい」ということを歌にしてしまう彼らの前向きさがいいな、と思った。とにかくこの人達はナイトスクールに来て勉強できることが本当に楽しいのだろう。
  

この後、皆で即興劇まで演じた。結局ナイトスクールの半分ぐらいが歌と踊りと笑いに満ち溢れていた。「毎日こんな調子なんですか?」と聞くと「そうだよ」と言っていた。学校って楽しいのだな、学べるって幸せなことなのだな、とナイトスクールの大人たちを見て感じさせられた。私達もこうありたいな、と思った。


ナイトスクールで楽しそうに勉強する彼らも、昼間にはかなりの肉体労働をし、精一杯生きている。この地域は一夫多妻制のしきたりがあり、妻達は協力して農作物を作り、収穫し、町に売りに行く。また食事を作り、水を汲み、洗濯をし、子供達の面倒を見るのも女性の仕事である。


一方男性は働く意欲の無い者も多い。真昼間から粟で作った自家製の酒ピトーを飲んで、ぶらぶらしている男性も良く見かけるから困ったものだ。
  

それでも私には、シンプルで人間らしい生活をしているアフリカ人を見て、彼らこそ本当に幸せに暮らしている人たちなのではないかと思う。屈託のない笑顔で笑い、歌って踊る人たちがまだこの地球上にはいる。アフリカでそんな彼らに出会った。


「アフリカの水を飲んだものはアフリカに帰る」
  
そんな言葉がある。またいつかアフリカに行こう。本当の幸せと屈託のない笑顔に出会いに・・・




これは先日ワークショップをやらせていただいた「生きる会」の会報誌に原稿の依頼をされて書いたものです。
私の処女作である、初のエッセイになります。
書くことは楽しいな、と書きながら思いました。
是非、感想をいただけたらうれしいです。